メッセージ
今日も大丈夫とは限らない
何事もなく過ごしていると、危険に対する感覚が鈍くなりがちです。そのような状態が続くと、いつか本当に大きな事故が起きてしまいます。例えば、普段よく利用する道路や、あまり車が来ない交差点では、安全確認がおろそかになりがちです。そこにたまたま車が来て、ヒヤリとしたことはありませんか。 このことは神様に対する態度についても同じことが言えます。聖書には、人間が 「神を知っていながら、神を神としてあがめず(ローマ1章21節)」 「してはならないことを行って(同28節)」 「このような行いをする者たちが死に値するという神の定めを知りながら、自らそれを行っている(同32節)」 と書かれています。
神様を忘れて生きることは悲劇を生みます
神様について意識することがなくても、日常は平穏に過ぎていきます。その結果、そのような生き方に対する危機感が薄れていき、このままで良いと考えて大丈夫だと誤解してしまいます。神様に対して無関心な生き方は大変危険な生き方です。それは罪を持った者が死と刑罰から逃れられないのと同じだからです。 神様は必ず罪を裁かれます。
「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている。」
新約聖書ヘブル人への手紙9章27節
人は死後に生きている間の行いに応じて神様によってさばかれ、永遠の地獄で罪の罰を受けることになります。
イエス・キリストによる地獄からの救い
しかし、神様は私たちに救いを与えてくださいました。それはイエス・キリストによる罪の赦しです。キリストは神の子であるのに、人間となって生まれてくださいました。すべての人の身代わりとなって十字架に架かり、死んでくださいました。そして死後三日目に復活された救い主です。このキリストを信じる人は罪を赦され、地獄から救われて天国に入ることができます。
「キリストは自ら十字架の上で、私たちの罪をその身に負われた。」
新約聖書ペテロの手紙第一2章24節
キリストを信じて、地獄から救われてください。