メッセージ
得ても失っても消えない心のざわめき
人は誰でも、「やりたいことが見つからない」「将来に不安を感じる」「人生が台無しになってしまうのではないか」といった思いにとらわれることがあります。 たとえ、望んだ場所へ行き、やりたいことを達成しても、不安は消えません。 むしろ、新たな不安――得たものを失うことへの恐れや、「この人生で良かったのか」という疑問――が生まれるのです。
キリストによる真の心の安らぎ
そんな私たちに、神のひとり子イエス・キリストは、永遠に損なわれることのない平安を与えてくださいます。
「わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。」
新約聖書ヨハネの福音書14章27節
キリストの平安は、どんな状況にも揺るがないものです。それはすべての人間が抱える根本的な問題―罪と死後のさばき―を解決しているからです。
人生を台無しにするもの:罪と第二の死
神は聖書を通してすべての人が罪を犯しており、さばきを受けなくてはならないと宣告しています。
「義人はいない。一人もいない。悟る者はいない。神を求める者はいない。すべての者が離れて行き、だれもかれも無用の者となった。善を行う者はいない。だれ一人いない。」
新約聖書ローマ人への手紙3章10~12節
「臆病な者、不信仰な者、忌まわしい者、人を殺す者、淫らなことを行う者、魔術を行う者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者たちが受ける分は、火と硫黄の燃える池の中にある。これが第二の死である。」
新約聖書ヨハネの黙示録21章8節
人は罪のために死んだ後、神によってさばきを受け、永遠の火が燃える地獄で苦しむ刑罰を受けなくてはなりません。 人生が「台無しになること」を恐れるならば、永遠の地獄こそ最大の破滅と言えるでしょう。
身代わりの十字架:罪の罰を終わらせたキリスト
キリストは、死とさばきという問題を解決されました。 それは、キリストがすべての人の身代わりとなることによってです。
「人の子も、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えるために来たのです。」
新約聖書マルコの福音書10章45節
「キリストも一度、罪のために苦しみを受けられました。正しい方が正しくない者たちの身代わりになられたのです。」
新約聖書ペテロの手紙第一 3章18節
キリストはすべての人の罪を背負って十字架にかかり、罪の罰を受けて死なれることによって、すべての刑罰を終わらせてくださいました。 またキリストは十字架で死なれた後、墓に葬られましたが、三日目に復活され、今も天で生きておられます。キリストは復活によって、救いの確かさを示しておられます。
究極の希望:キリストが約束する永遠の平安
あなたの目の前に死とその先に地獄があるかぎり、不安は消えることはありません。 しかし、キリストを救い主と信じて罪の赦しを受けるなら、地獄から救われ、神に祝福された永遠の天国へ導き入れられます。
「見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。」
新約聖書ヨハネの黙示録21章3~4節
キリストは永遠の救いと、変わることのない平安を与えてくださいます。ぜひ集会にお越しくださり、聖書からのメッセージをお聞きになってください。