メッセージ

砂時計

将来への備えと永遠への備え

 多くの人が将来に備え、家を建てたり貯金をしたりするものです。数年前、老後2000万円問題が話題となり、最近ではFIREというライフスタイルが注目されています。誰もが将来の安定や幸せを求めるのではないのでしょうか。 では、もし皆様の手元にこの先心配のないほどの財産が手に入ったら、本当に安心できるでしょうか?
「わがたましいよ、これから先何年分もいっぱいものがためられた。さあ休め。食べて、飲んで、楽しめ。」と言えるかもしれませんが、それは十分な備えでしょうか。 実は、このような状況に置かれた金持ちについて、イエス・キリストが語られたたとえ話があります。

将来への備え ~ある金持ちの話~

 イエス・キリストがあるたとえ話をされました。

「ある金持ちの畑が豊作であった。」

ルカの福音書 12:16

この金持ちは長年の努力が実り、彼の倉に収まりきらないほどの豊作になりました。彼は、将来のために十分な備えができたことを見て、このように考えました。

「わがたましいよ、これから先何年分もいっぱいものがためられた。さあ休め。食べて、飲んで、楽しめ。」

ルカの福音書 12:19

 このような状況を目指している方も多いかもしれません。長年、勤めていた仕事で成功し、多くの財産をもつこと。投資が成功し、老後に十分すぎる財産をもつこと。それを得た人たちはこう考えるかもしれません。「もう十分やってきた。あとは楽しむだけだ」と。
 しかし、神があの金持ちに下された評価は、「愚か者」でした。それは、その晩彼が死を迎えるからでした。死の前にはどのような備えも無駄になってしまいます。彼が備えていたのは地上での将来に対してだけだったからです。その将来も実際にどうなるかはわからないのです。
 神は目先の問題に対する備えよりも、まずいつ訪れるかわからない死の備えをせよと警告しておられるのです。

死とさばき

 皆様は死について考えたことがあるでしょうか。死は全ての人に必ず訪れる問題です。「死後のことなど考えてられるか。それよりも今が大切だ」という考え方はこの金持ちと同じです。

「そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」

へブル人への手紙 9:27

 神は全ての人が罪人であると語られています。聖書の罪とは犯罪のみではありません。この世界を造られた真の神を無視することも罪です。神は聖なるお方ですから、死後に永遠の地獄で罪人をさばくと語っておられます。
死は終わりでなく、永遠の始まりなのです。そして、皆様にも罪があるなら地獄でさばきを受けなくてはいけません。

永遠への備え

 神は人間を愛しておられます。それゆえ、人間が地獄から救われる道を与えてくださいました。それが、イエス・キリストの十字架です。神の御子であるイエス・キリストがこの世に来てくださったのです。キリストはその生涯の最期に十字架に架かられました。それは、人間を地獄から救うためでした。人間が本来地獄で受けるべき罪の罰を身代わりとなって受けてくださったのです。

「御子を信じる者は永遠のいのちを持っている」

ヨハネの福音書 3:36

 キリストは十字架で死なれ、墓に葬られ、三日目の朝に復活されました。ご自身が真の神であり、救い主であることを示してくださったのです。そして、皆様がイエス・キリストを真の神、救い主と信じるなら全ての罪が赦されて、天国へと救われるのです。
 これこそ全ての人が備えるべき、死後の永遠への備えです。ぜひ、神の前に罪を認め、イエス・キリストを真の神、救い主として信じてください。そして、死後の永遠の救いを受け取る方であってください。

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