メッセージ

死の恐怖

責任は神にある?

「神が世界を造ったならなぜこの世界はこんなに不条理なのか!」このような疑問を耳にしたことがあります。確かに、私たちが目にするニュースは心痛いものが多くあります。戦争に刑事事件、自然災害など痛ましい記事を目にしない日はありません。そして私たちの普段の生活において、経験することもあります。誰もが一度は、なぜこんなに世が乱れているのだろうかと考えたことがあるのではないでしょうか。この世界は神が創造されました。では、その責任は神にあるのでしょうか?

神がお造りになった世界は、非常に良いものでした。

「神はご自分が造ったすべてのものを見られた。見よ、それは非常に良かった。夕があり、朝があった。第六日。」

(創世記一:三一)

そこには戦争も犯罪も病気も死もない、完全な世界がありました。神が造られた世界には、不条理は一切なく、非常に良い世界でした。神はそのような幸いな世界を人間にお与えになりました。

責任の所在

しかし、現状はその状態から遠くかけ離れています。戦争も犯罪も病気も死も存在します。なぜでしょうか。それはアダムが神に逆らって罪を犯したことが原因でした。

「ちょうど一人の人(最初の人アダム)によって罪が世界に入り、罪によって死が入り、こうして、すべての人が罪を犯したので、死がすべての人に広がった」」

(ローマ五:一二)

それ以降、人間に罪が入り、罪の報いとして、病気や死がもたらされたのです。そして、いじめをするのも差別をするのも人間であり、戦争をするのも人間です。 ですから、この世界の不条理の責任は人間にあります。人間は神と非常に良い世界で生きることよりも、神に逆らうことを選び、今の世界にしたのです。それゆえ、この世界の不条理を神の責任にしたり、悪口を言い、否定するのは責任転嫁にほかなりません。

罪の結果

神はこのような人間をご覧になり、人間の罪に怒っておられます。

「そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」

(ヘブル九:二七)

  神は聖く正しいお方です。ですから、必ず罪をさばかれます。そのさばきは死後の地獄です。聖書には地獄について、『火と硫黄の燃える池』と記されています。死後、罪人はこの地獄へと投げ込まれます。そして、決して消えることのない永遠の炎の中で焼かれ続けます。その地獄の中で、どれだけ叫んでも、助けを求めても、そこから逃げ出すことも助け出されることもありません。あなたにも罪があるなら、この地獄でさばかれます。あなたは今日、また一歩、地獄へと近づいているのです。

永遠の救い

 神は聖なる方であると同時に愛なる方です。ですから、神は人間が地獄ではなく天国に行くことを望んでおられます。そこで、人間に救いの道を用意してくださいました。それが、イエス・キリストの十字架です。キリストは神の御子であられます。神であるお方が、人となってこの世にお生まれになりました。そして、その生涯の最期に十字架にかかられました。イエス・キリストには、何一つとして罪はありませんでした。ですから、この罪のないお方が十字架で命をお捨てになり、死なれたのは、人間の身代わりとなって罪のさばきを受けるためでした。本来人間が地獄で受けるはずだった罪の刑罰を代わりに受けてくださったのです。  キリストは十字架で死なれ、墓に葬られた後三日目の朝に復活されました。そして、ご自身が真の神であり、救い主であることを示されました。

「御子(イエス・キリスト)を信じる者はさばかれない。」

(ヨハネ三:一八)

 イエス・キリストを真の神、地獄からの救い主と信じるなら、すべての罪が赦されます。そして、死後地獄ではなく、天国へ行く者とされるのです。これが神のくださる救いです。  救いには人の努力や金、善行や修行など何も必要ありません。必要なのは神の前に心から罪を認め、真の神に立ち返り、真実にイエス・キリストをご自分の救い主として信じ、受け入れることです。どうか、この救いを受け取り天国に行く方となってください。

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